今日は歴史的な日になったと言えるのではないか。世界122か国が賛同し、50か国が批准したことにより、核兵器の開発・製造・使用が国際的に全面禁止となる条約が発効したのである。これまで日本は世界で唯一の被爆国として、ヒバクシャの皆さんを中心とした活動家たちが、核兵器廃絶運動の先頭に立ってきた。その活動が世界的に認知されたと言っても過言ではないだろう。
しかし、日本はこの条約を批准していないというという矛盾
このことについて、今朝の朝の会で子ども達の意見を聞いてみた。多くの子ども達が「批准しないの間違っている」というなかで15%の子ども達が「アメリカの核の傘に入っている必要がある」という意見を持っていた。子ども達でさえ、日本が置かれている微妙な国際情勢を反映した意識を抱いていると言えるだろうか。
なにが正しいというジャッジはできなかった。ただ「戦争はしてはいけない」ということは間違いないことだろう。そして「国家の安全を守る」という従来の安全保障観から脱却し「人間と生命の安全を守る」という安全保障観への発想を転換することによって、核兵器の廃絶へと進んでいけるだろう。それは、一部の政治家だけでなされるものではなく、一人ひとりの心のあり方と行動にこそ、かかっている。
教育に何ができるのか?
日本では、微妙な政治情勢に関わるようなことを教員が発言したり、子ども達に訴えたりすることがタブーになっている。しかし日本の情勢や世界のことについて、自分の意見を持った子どもを育てることは、とても大事なことだろう。そのためには、子どものそばにいる大人が情熱をもって政治的な意見を語れることが一番の教育になると考えている。その理由はソクラテスの格言にある….
「シビレエイは、自分がしびれているからこそ、他人をしびれさせる」(ソクラテス)
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